随筆「海の言葉」①“CAPTAIN”
こちらEYC通信では、セーリング、クラブライフ、海洋文化など幅広い視点からのエッセイや記事をお届けしたいと考えています。
第1回は、かつてご紹介できなかった随筆を、蔵出版の形でお届けいたします。
今後、随筆「海の言葉」シリーズとして連載してまいりますのでご期待ください。
PROLOGUE
この文章は、1993年(平成5年度)~1997年5月まで(平成8年度)私、押小路がEYC理事を務めていた時、クルーザー「小春」の児玉登さん(物故され現在はご子息様が船長)に原稿をお願いしたご縁で、後日、児玉登さんが勤務されておりました日本郵船株式会社の社内報に掲載されたエッセイを私に下さったものです。
1997年8月19日 押小路様
小生の駄文をお目にかけます。
若し適当なテーマのものをEYC NEWSの穴埋めに使われるならば、どうぞ・・・・
(字数、行数 指定してください)修正、校正してお渡しします。
今回、EYCホームページのリニューアルにともない、蔵出版の形で広く皆様にお届けすることになりました。海の言葉を紐解いている内容です。今後、随時ご紹介させていただきますのでお楽しみに。
CHAPTER1“CAPTAIN”
“CAPTAIN”も“MASTER”も「船長」であることに違いないのですが、実際の使い分けには多少の差があります。
船長個人に対しては“CAPTAIN TANAKA”あるいは単に“CAPTAIN”と呼びますし、
手紙でも“DEAR CAPTAIN TANAKA”と書きます。
ところが、ある特定の船の船長を指す場合、特に文章では“MASTER OF m.s. NIPPON MARU“と書き添えます。
このような例から見れば、“CAPTAIN”とは“DOCTOR”(博士)や“SIR”“BARON”などと同じように、個人の資格や身分をあらわしており、一方“MASTER”は「部長」とか「支店長」のように職務上の地位を示すようにも思われます。
しかし、本来の意味は必ずしもそうとは限らないようです。
“CAPTAIN”は“CAP”(帽子)や“CAPITAL”(首都)と語源が同じで、「隊長」や「指揮官」のことです。
今の日本では、すぐスポーツチームの「主将」を連想しますが、英語ではもっと広く使われる呼称です。
帆船でも、“CAPTAIN OF THE MAIN TOP”「主檣楼の指揮者」や、“CAPTIN OF THE HOLD”「船艙の責任者」などと使います。“CAPTIN OF THE HEADS”とは「便所掃除の当番長」です。
中世から近世にかけての英国海軍では、“CAPTAIN”は「大型艦の艦長」であり、“ADOMIRAL”(提督)の直属指揮下にありました。“CAPTAIN”の下には、何人かの“LIEUTENANT”「士官」が配置されており、艦内勤務を分担するとともに、艦長に事故があった時は、序列に従ってその代行を勤めました。
一方、この“LIEUTENANT”「士官」とは別に、“MASTER”と言う肩書の「准士官」が乗り組んでおりました。
“MASTER”は、軍人の地位としては“LIEUTENANT”の指揮下にあったのですが、任命されるには豊富な経験と特別の資格を必要とし、軍艦の航海上の事柄はすべて“MASTER”の責任とされておりました。
ですから、艦内では上級士官と同等かそれ以上の待遇と尊敬を得ており、若い下士官や候補生たちの航海術指導教官の役割も受け持っていました。
このころの商船の「船長」も、“MASTER”と呼ばれましたが、殆どの場合、本船の全部または一部の所有者であり、単なる航海技術者ではなく、この船の管理や、運行のすべてを自分自身の判断と責任で行います。
これは、今でも小型船、例えば日本の内航船の一部にも見受けられる「船主船長」の形で、逆にこの時代の“MASTER”の名称は、時として陸上に住む「船主」の意味にも使われたとのことです。
戦争で商船が海軍の指揮下にはいると、海軍の“CAPTAIN”が船または船団の指揮官に任命され、元来の“MASTER”は“CAPTAIN”の指揮下で航海上の指揮をとることになります。
商業海運が海軍と直結した時代は去り、冒険航海も昔話となりました。
“MIDSHIPMAN”「海軍士官候補生」が夢見た“CAPTAIN”の称号も、また、“GREEN SAILOR“「新米水夫」が憧れた“MASTER”の地位も、その名前こそは残されているものの、その内容は昔とは全く違ったものになっております。
最近の特殊な船では、もう“CAPTAIN”とか“MASTER”とかの称号の代わりに“SKIPPER“と呼ぶことすらあるそうです。