随筆「海の言葉」㉜“BROKER”
“BROKER”とは、“BREAK”の過去形の“BROKE”から出た言葉だと思っていたのですが、“BROKING”「仲介」という言葉もあることに気付き、これはおかしいと調べてみました。
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“BROACH”と言う言葉があります。元来は肉などを焼く時の「焼き串」や、樽などに穴を開けるための「錐」のことでしたが、「樽の口を開ける」意味も持ちました。さらにこれが変化して、会議などで「口をきる」ことにもなり、“BROACHER”「発議者」の名称も生まれました。この“BROACH”はヨットや帆船でよく使われる言葉でもあります。追手で走っていて不意に強風を受けると、船首が風上に切り上がって船が横倒しになります。これが“BROACHING”です。「焼き串」がどうして「横倒し」に変化したか、よく分かりません。
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“BROACH”から“BROKE”「仲介する」という動詞が派生しました。今ではこの“BROKE”は廃語となり、その代わりには“MEDIATE”とか“INTERMEDIATE”が使われておりますが、“BROKER”「仲介人」や“BROKING”「仲介」という言葉だけが、いまだに生き残っているのです。
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日本で「ブローカー」と言えば、「両方にうまいことを言って話をまとめる人」の印象ですが、本来の“BROKER”は「商談を発議する人」であって、いわば商売に於いて当事者に変わって交渉をする“AGENT“「代理人」の立場であります。海運関係の“BROKER”を総称しt“SHIIP BROKER”と呼びます。“SHIP BROKER”は用船とか、船舶の売買、保険など、海運に関する様々な取引について、「船主」「用船者」「売り主」「買い手」など夫々の立場の人に代わって、相手方の“BROKER”と話し合うのです。商談が成立すると、“BROKER”は、船主や荷主などに代わって契約書に署名することとなりますが、この場合は必ず、“AS AGENT“の肩書を付けます。
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契約当事者双方の“BROKER”が交渉し、商談をまとめる場合、当事者は外国にいることが多いのです。この場合“BROKER”は外国の当事者と直接話をすることもありますが、普通はその外国にいる“BROKER”を通じて指示や委任を受けることとしております。この様な契約条件などの詳細な打ち合わせは、昔は“CABLE”「電報」、今では」“TELEX“、“FAX“や「電話」などで行われるので、やはり専門家である“BROKER“同士の間で行うことが必要なのでしょう。実際には、このようなやりとりを行う“BROKER”の間には、本支店関係とか、長期取引関係があり、これを俗に“CORRESPONDENT“「コレポン」と呼んでおります。
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双方の“BROKER“が交渉をするのは、昔は当然「面談」であり、その場所の規模と歴史で有名だったのは、ロンドンの海運取引所“BALTIC EXCHANGE”でした。世界中の海運の取引はここに集中し、ここでの“BROKER”は、長い実務経験を経て、厳重な試験に合格した、専門家中の専門家だったのです。大英帝国の衰退とともに、海運取引の中心もニューヨーク、東京と三分され、“BROKER”の地位も権威も昔とは全く変わってしまいました。寂しいことです。