随筆「海の言葉」②”FLY”
“FLY”
日本語で「フライ」と言えば、野球の「飛球」であり、また「テンプラ」の類の「揚げ物」のことでもあります。ですから、よくごルフで高い球を打ち上げると「テンプラだ」とからかわれます。
しかし、これは単なる日本語の語呂合わせに過ぎず、英語では「飛球」は“FLY”、「テンプラ」は“FRY”で全く別の言葉です。
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名詞としての“FLY”は、「飛球」のほかにも色々の意味があります。「飛行」「飛距離」や「弾道」などが普通ですが、昆虫の「はえ」の類も“FLY”です。
一風変わったものでは、エンジンについている「はずみ車」のことも、“FLY WHEEL”または“FLY”と呼びます。
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動詞の“FLY”は、飛行機やボールなどが「飛ぶ」ことですが、これが少し変化した「飛揚する」「舞い上がる」ことにも使います。
旗が風になびくことも“FLY”ですから、“to fly a flag”[旗を揚げる]のようにも使います。
大型帆船には何枚もの“JIB SAIL”「船首の三角帆」があります。
そのうち、最前端のものを“FLYING JIB”と呼びます。乗組員から見て、一番遠くに「ひるがえって」見えるからでしょう。
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ヨットやモーターボートのレースでは、静止の状態からスタートするのではなく、スタート前に各艇がすでに夫々走り始めており、スタート信号が鳴ってからスタートラインを横切ってレースを開始します。これを“FLYING START”と言います。
スタート信号の前にスタートしてしまうことを「フライング」と言いますが、これは和製英語で、正しくは、“PREMATURE START”です。
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“FLYING DUTCHMAN”は、オリンピックでも使われたヨットの艇種ですが、音楽好きの方は、ワーグナーの歌劇の題名を思い出すでしょう。
英語の“FLYING DUTCHMAN”は、ドイツ語の“DER FLIEGENDE HOLLAENDER”
を訳したものなのですが、翻訳とは難しいものだと感じさせられます。
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ドイツ語の“FLIEGEND”は、英語の“FLYING”と殆ど同じなのですが、「遍歴する」という意味もある点が“FLYING”とは異なります。“HOLLANDER”は、英語の“DUTCHMAN”と全く同じです。
但し、両方とも、普通は「オランダ人」ですが、「オランダ船」を指すこともあります。
“...MAN”が、「人」では無く、「船」を指す例はほかにもいろいろあります。
“INDIAMAN”は「インド貿易船」であって、“INDIAN”「インド人」のことではありません。
“MERCHANTMAN“は「商人」と「商船」の両方の意味に使われます。
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“FLYING DUCHMAN”は伝説上の幽霊船で、オランダ人の船長が乗って、最後の審判の日まで、喜望峰の沖をさまよっているとされております。
従って、もちろん「空を飛ぶオランダ人」ではありません。
日本では一般に、「さまよえるオランダ人」と訳されておりますが、厳密にいえば「さまよえるオランダ船」とすべきでしょう。