随筆「海の言葉」㊲“LAY DAYS”
“LAY DAYS”
航海用船契約(運送契約)では、積荷や揚荷は、荷主側の手配と責任で行うことになっております。それも、何日かかってもよいというのではなく、一定の期間を定だめ、それ以上の日数を要した時は、荷主側から“DEMURRAGE”「滞船料」の支払いを受けるのが普通です。
この、荷役のために定められた期間のことを、“LAY DAYS”「許容停泊期間」と呼びます。
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“LAY DAYS”は普通は「……日間」とか「1日当たり……屯の割合」とか定めますが、この計算の仕方や、天候その他の条件の処理は誠に面倒なもので、専門書でもその説明に多くのページが割かれております。
ただ不思議なことに、いろいろな書物を調べてみても、何故この「停泊許容日数」を“LAY DAYS”と呼ぶかについての説明は見当たりません。
海事用語としての“LAY”は、色々と特殊な使い方があり、それらを総合すると、何となく“LAY DAYS”の感じがわかるような気もします。
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昔の捕鯨船や漁船の乗組員は、給料をもらうような制度ではなく、その航海の純益金のうちの一部を配当金として受けとる契約を、船長との間に結ぶのが常でありました。この配当が即ち“LAY”であります。
メルヴィルの「白鯨」の主人公は、“300TH LAY”つまり純益の三百分の一の配当という条件で乗船しております。
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動詞としての“LAY”は、普通は「置く」「横たえる」の意味ですが、船乗り言葉としては、更に様々な使い方をします。
“LAY A COURSE”は針路を定めること。
”LAY A BOARD”は、“LAY ALONGSIDE”と同じで、船を他船に横付けすること。
“LAY BY”は、“LAY TO”、“LIE TO”、や“HEAVE TO”と同じで、洋上で一時漂泊することです。
“LAY UP”は“LIE UP”と同じで、「係船」。
“LAY THE SEA”は「波をしずめる」ことですが“LAY THE LAND”と言えば、陸地が水平線にかくれるように、船を沖に出すことです。
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“LAY ALOFT!”「昇れ」
“LAY ASHORE!”「上陸しろ」
命令に“LAY”はよく使われます。この場合には単純に“GO”とか“COME”の代わりだと思えばよいのです。
ところが、文法的に言えば、“LAY”は「自動詞」ではなく「他動詞」ですから、このような使い方は明らかに間違いです。
これに対する説明が二通りあります。
第一は、本来“LAY YOURSELF ALOFT”と言うべきものを、
“YOURSELF”を省力したのだとの説。
第二は、本来“LIE ALOFT”だったのを、誤って“LAY ALOFT”としたと言うものです。
因みに、“LIE”は「横たわる」意味の自動詞ですが、不規則変化して、「現在 過去 過去分詞」が、“LIE”,“LAY”,“LAIN“となるので、“LAY”と混同されても不思議ではありません。
さて、本題の“LAY DAYS”ですが、どうも“LAY”では意味が通りにくい感じします。“LIE AT ANCHOR”とか、”LYING IN THE HARBOUR”などのように、“LIE”の誤用だと考えるのが自然ではないでしょうか。