随筆「海の言葉」㊴“PROTEST”
“PROTEST”
最近、新聞のスポーツ欄で「プロテスト」なる語を見受けます。
「プロ」“PROFESSIONAL”になるための「試験」“TEST”を意味する新語なのですが、英語にはすでにれっきとした“PROTEST”「異議申し立て」と言う語があるのですから、混乱を招きます。
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「試験」の“TEST”の語源は、ラテン語の“testum”「壺」で、鉱石などを溶かして分析試験するための「るつぼ」だったそうです。
“PROTEST”の“TEST”も、もとはやはりラテン語の“testis”です。これは発音は似ておりますが全く別の言葉で、「証拠」「証言」を意味します。これが英語に入って、色々の言葉を生みます。
“TESTIFY”は、「証言する」。
“TESTAMENT”は、本来は「神と人との間の誓約」ですが、普通は
「聖書」の事ですし、また「遺言状」の意味にも使われます。
“ATTEST”は、「証明する」「認証する」こと。ゴルフのスコアカードに同伴競技者が連署するのがこれです。
“CONTEST”は、「証拠を集める」ことで、「競技会」です。
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“PRO”は「公式に」の意味ですから、“PROTEST”は「公式に証明する」事になります。「公式に証明する」必要があるのは、他人と意見を異にする場合ですから、“PROTEST”は「異議申し立て」のことになります。
競技での“PROTEST”は、「正式抗議」。
商業上での“PROTEST” は、手形や小切手の決裁を拒否する「拒絶証書」。
「プロテスタント」(キリスト教新教徒)は、カトリックの教義に異議を申し立てた人々です。
自分に都合の悪い内容の書状を手渡され、受け取りの署名を迫られた場合には、“received under protest”と注記して、異議申し立ての権利を留保するのが慣例となっております。
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船長は積荷を安全に輸送する責任があります。
若し航海中に異常な荒天に遭遇し、積荷に損傷を生じた恐れがある場合、船長は状況を記述し、不可抗力であるから自分には責任が無い旨を言明する公式文書を作成するのが国際慣習になっております。
この文書が“PROTEST”です。
この場合、到着港でハッチを開ける前に作成すること、船長の他に一等航海士などが連署すること、到着港での公証人或いは領事など公的機関の認証を得ることなどが要件とされており、またこの文章の法律上の効果は、国によって異なるようです。
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このように、“PROTEST”は、本来は船長が自分の立場を守るために作成する「公式文書」であり、あくまでも「民事上」の「権利の主張」を目的とするものですから、「海難申立書」とでも呼ばれるべきものなのですが、現実には「海難報告書」と翻訳されております。
これは、日本の船員法によって、船長は海難その他異常な事態に遭遇した場合、関係官庁に「報告」することが義務付けられているからです。
この「報告」」の内容が、本来の“PROTEST”の範囲よりも、はるかに広いことはともかくとしても、元来は「船長の権利の主張」であったものが、「船長の義務」にすり替えられている点に、彼我のスタンスの差の甚だしさを感じざるを得ません。