随筆「海の言葉」㊶“QUARTER”
“QUARTER”
英和辞典によれば、“QUARTER”は「四半分」とあります。
この「四半分」と言う言葉も、なんだかわかりにくい日本語で、今では「四分の一」と言うのが普通でしょう。
コンパスの「東西南北」つまり「四方位」は、360度を四分割したものですから、それぞれを“QUARTER”と呼びました。これが転じて、「方位」「方角」のことも“QUARTER”と呼ばれております。
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船を前後左右に分割して、船首側を“STARBOARD/PORT BOW”船尾側を“STARBOARD/PORT QUARTER”と呼びます。
“QUARTER WIND”とは、船尾斜め後方から吹く風のことです。帆船にとって、この“QUARTER WIND”は最も好都合な風向きでした。帆船の“QUARTER”、即ち左右の船尾の部分は、居住区として最も快適な場所でした。ここにある居室や歩廊は、“QUARTER CABIN”、“QUARTER GALLERY”と呼ばれ、船内では最も豪奢に飾られて、提督や船長の居住区とされました。
現代の外洋ヨットでも、左右の船尾に配置されたベッドは、“QUARTER BERTH”と呼ばれ、最も快適な寝場所で、船長や航海長の専用とすることが多いようです。
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航海術で重要な「月の満ち欠け」も“QUARTER”で呼ばれます。
“THE FIRST QUARTER”は、「上弦の月」
“THE THIRD QUARTER”は、「下弦の月」
帆船のマストは上に行くほど細くなりますが、一番下の特に目立って太い部分を“QUARTER OF A MAST”と言います。
“YARD”「帆桁」は中央から外端までを四等分して夫々に“FIRST/SECOND/THIRD QUARTER,YARDARM”の呼び名がありました。
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現代の汽船では、船長や当直航海士は“BRIDGE DECK”「船橋」で操船しますが、帆船時代には“QUARTER DECK”が指揮場所でした。
“QUARTER DECK”は、普通「後甲板」と訳されていますが、実際に例えば三本マスト船の場合は中央マストと後部マストとの間の上甲板のことで、大体船首から「四分の三」ぐらいの場所です。“QUARTER DECK”の後方には“POOP DECK”があります。
“THE QARTER DECK”は「高級船員」の総称ですが“QUARTER DECKER”と言えば、「仕事を知らぬ高級船員」の蔑称だったそうです。
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現在の“QUARTER MASTER”は「操舵手」ですが、本来は「当直主任」のことでした。
昔から、軍隊では兵員を四分割して、そのうちの一斑を当直勤務につかせました。このために“QUARTER”は「部署」「配置」や、さらには「兵舎」「宿舎」を指す言葉になりました。
“BEAT TO QUARTERS”は、軍艦で「総員戦闘配置につけ」の号令で、帆船時代に合図の太鼓を“BEAT”打ち鳴らしたことによります。
「戦闘部署配置表」は“QUARTER BILL”と呼ばれ、「当直配置表」“WATCH BILL”と並んで重要なものです。
“HEAD QUARTERS“は「司令部」、“LIVING QUARTER”は「居住区」ですし、陸軍で“QUARTER MASTER”と言えば「補給係将校」だそうです。
このように見てくれば、“QUARTER DECK“も、むしろ「当直甲板」と訳したほうが適切ではないでしょうか。