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EYC通信 #66

随筆「海の言葉」㊽“SCUTTLE”

“SCUTTLE”

ひと昔前の香港の雑誌に、“SCUTTLE INC.”という題名のリポートがありました。
“INC。”は“INCORPORATED”即ち「会社」のことですから、「スカットル会社」となります。この「スカットル」とは何でしょうか。

リポート内容は、南シナ海で続発した船舶の沈没事故の話です。保険会社の特別調査の結果、これらの事故の殆どが、①海上平穏に関わらず、浸水沈没、⓶乗組員は直ちに全員無事救助され、③船舶や積荷には多額の保険がかけられている、などの共通点があって、保険金目当ての故意の沈没であるとしか考えられぬ。しかも事故に関係した船員を調べてみると、その背後には船主から頼まれて沈没を請け負う「犯罪シンジケート」があるものと推論されるとのことです。
このシンジケートを“SCUTTLE INC.”と名付けてあるのです。

この場合の“SCUTTLE“ とは、船底に穴を開けて、故意に船を沈めることです。
商売上の詐欺行為としては、古くギリシャ時代にも記録があるとのことですし、海賊が証拠湮滅のために沈めることも多かったようです。戦争中に、軍艦や商戦が敵に捕獲されぬように自沈した例も多く、第一次世界大戦終了後に、ドイツの外洋艦隊が全艦自沈したのはとくに有名です。

“SCUTTLE”は、本来は二通りの意味を持っています。
一つは、「自沈」のように、「穴を開ける」ことで、船の丸窓や昇降口、艙口なども“SCUTTLE“と呼ばれます。

もう一つは「穴に蓋をする」ことで、窓や艙口などの「蓋」のことも指します。
どちらの方が先なのか、学者の間でも説が分かれており、前者、即ち「穴」説はフランス語乃至スペイン語が語源だといいますし、後者、即ち「蓋」説はドイツ語乃至オランダ語が語源だと主張しております。

昔の舟では、甲板上に飲料水の樽を置き、乗組員はこれから「ひしゃく」で一杯ずつ飲むことを許されたのですが、この樽のことを“SCUTTLE BUTT“と呼びました。
樽の蓋に「穴」が開いていたからこの名が生まれたという人もいますが、これは正しくないようです。この場合の“SCUTTLE”は、外国語源の物とは違う、生粋の英語で、“TRAY”「盆」とか“DISH”「皿」の類のものを指す言葉だとのことです。
現にいまだに英国では、屋内で使う「石炭入れ」や「野菜かご」のことを、“SCUTTLE”と呼んでおります。

これも全く語源を異にする言葉に“SCUD”があります。
「飛ぶように走る」ことで、“SCUD BEFORE THE GALE”「嵐に吹かれて突っ走る」ことで、“SCUD UNDER BARE POLES”「帆をおろしてマストだけで飛ぶように走る」などと使われます。
“SCUD CLOUD”は「飛雲」、“SCUD RAIN”は「通り雨」です。
この“SCUD ”から“SCUDDLE”という語が派生し、さらになまって“SCUTTLE”と変化して、現在でもつかわれております。
「急いで行く」「急ぎ足」の意味で、勿論「沈没」とは全く関係がありません。

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