随筆「海の言葉」㊿“SHIFT”

“SHIFT”
自動車のギアを入れ替えることを「ギアシフト」とも、「ギアチェンジ」とも言います。
このように“SHIFT”は“CHANGE”と似た言葉で、「変える」「変わる」ことなのですが、その「変わり方」にかなりの差があるようです。
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紙幣を小銭に両替するのは、“CHANGE”であり、ドルを円に換えるのは“EXCANGE”です。
しかし、円高を予想して、多額のドル資金で円を買うような時には、資金の「円シフト」と呼びます。
野球で“CHANGE”と言えば、攻守交替です。これに対して、例えば巨人軍の王選手がバッターボックスに立った時に、予備側の選手が一斉に右翼寄りに守備位置を移動するのは「王シフト」と呼びます。
このように “CHANGE”は「本質の変化」であるのに対し“SHIFT”は「外見の変化」や「位置の移動」を指す言葉であります。
船が「シフトする」と言えば、同一港内で停泊場所を移動することです。「転錨」と訳すことが多いのですが、何も錨泊に限りません。
接岸している船が、もやいロープを使って前後に移動することを、俗に“ROPE SHIFT”と呼びます。
蛇足ながら・・・。夜間陸上で「シフトだ!」とわめく人がおりますが、この場合の“SHIFT”は、「はしご」と訳すのが適切でありましょう。
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船内で、積み荷やバラストが移動することも“SHIFT“と言います。
バラ積みの穀物など、貨物の上部が流動しやすいものは、船の横揺れにつれて艙内で移動し、船の安定性を失う危険があります。これを防ぐために、昔の貨物船では船艙の縦方向に木製の“SHIFTING BOARD”
「荷止め板」を設置したものです。“SHIFTING”の本来の意味からすれば、“ANTI-SHIFTING BOARD”とも言うべきものでしょう。
最近のバルクキャリア―は、船艙上部の構造物(“SHOULDER TANK”)
により、“SHIIFING”を防ぐように出来ており、微粉鉱石のような特
殊貨物の場合にしか、“SHIFTING BOARD”を設置することはあり
ありません。
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“ HANDS TO SHIFT INTO WORKING RIG ”は帆船時代の号令です。“HANDS”は「乗組員」、“WORKING RIG”は「作業服」で、この場合の“SHIFT”は「着替える」ことを意味します。
コックの助手は“SHIFTER”と呼ばれました。樽詰めの塩漬け肉の管理責任者で、“WASHING”(水洗い)や、“STEEPING”(水に漬けて塩抜きをする)とともに、“SHIFTING”が主要業務だったのです。
この場合の“SHIFTING”は、樽の移動なのか、それとも「漬け直し」なのか、よくわかりません。
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船が進行方向を変えることは、“ALTER COURSE“とか、“CHANGE COURSE”と言いますが、“SHIFT COURSE”の方が正しいようです。風向きの変化も“SHIFT ”ですが、“VEER”とか、“BACK”という言い方もあります。“VEER”は“CLOCKWISE SHIFT”つまり風が時計回りに(例えば北風が北東風に)変わることで、「順転」と訳されます。“BACK”はその反対の反時計回りで、「逆転」と訳します。
“VEER”の語源はラテン語で、単に「移動する」ことですが、何故英語では「時計回り」になったのか、面白いことだと思います。