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EYC通信 #16

随筆「海の言葉」⑬ “おもかじ”と“とりかじ“

“おもかじ”と“とりかじ”

 

『操だ命令においては、「おもかじ」又は「スターボード」とはかじを右げんにとれという意味に、「とりかじ」又は「ポート」とはかじを左げんにとれという意味に用いるものとする。(昭和28年8月1日制定、海上衝突予防法第32条) 』

どうも、この表現はあまり適切ではないように思われます。また、その後の改正で、この条文は現行法からは削除されております。何故削除されたのか、ご存知の方は教えてください。

「おもかじ」「とりかじ」の語源には、いくつかの説はありますが、「卯面舵」(うむかじ)、「酉舵」(とりかじ)であるとするのが定説です。

この「卯」「酉」は「十二支」の四番目と十番目で、方角を表す場合には、夫々「東または三時の方向」「西または九時の方向」になります。

江戸時代の和船は、十二支表示の羅針盤を用いて航海しました。

現代のコンパスは、磁針とコンパスカードが一体となって動く方式ですが、この時代の和船の羅針盤は、文字盤は船の進行方向を「子」(ね)として固定し、磁針が文字盤の上で自由に動くようになっておりました。なるほど、進行方向が「子」ならば、「卯」は右舷側だから「おもかじ」は「右回頭」だなどと速断したら大間違いです。船に固定された文字盤は、右と左が裏返しになっていました。右舷が「酉」、左舷が「卯」であったのです。(麻雀の「東南西北」を思い出してください)

何故わざわざ裏返しの文字盤にしたかと言うと、こうしておけば、磁針の指す文字盤の字が、船の進行方向を示すことになるからです。この方式を「裏針」(うらばり)と称しております。

 

昔の帆船は、舵頭から前方に伸びた「舵柄」(TILLER)により操舵しておりました。従って、操舵命令は、舵柄を回す方向を示したので、船の進行方向とは逆になります。

“STARBOARD”「右舷舵」の号令は「舵柄」を右舷にとれとのことで、船は左舷に回頭します。

日本の「おもかじ」は、「裏張り」と「舵柄命令」の組み合わせです。ややこしいようですが、整理すると、

1. 「進行方向」が「子」だから、「卯」は「右」

2. しかし、文字盤が裏返しだから、「卯」は「左」

3.「舵柄」を「左」(卯)の方向にとると、船は「右」に回る。

舵輪の時代になると、自動車のハンドルと同じで、舵輪を回す方向に船が回ります。フランスでは早くから操舵命令を変更して「方向命令」
にしたのですが、英国では依然として昔からの「舵柄命令」に固執しておりました。

1928年に至り、ようやく国際会議が開かれ、全世界的に「方向命令」に統一されました。

この時の決定では、「右舷」「左舷」の類の命令は一切廃止し、単純に「右」「左」にするとのことだったのですが、やはり英国は古い表現を捨てきれず、結局1933年の法律改正で、これまで「左回頭」だった“STARBOARD”を「右回頭」の意味に変更するに止まりました。

日本語のほうは、英国以上の頑迷さで、昔表現のままです。

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